それでは、音をみてみよう その 2
前章では具体的にサンプルを挙げて、皆さん自身がどのように見えるかを考えていただきました。それらのサンプルについて、私側としての意図を整理して、解説として付け加えます。

(1) オリジナル:岩と砂の混ざった海岸を、オン(近寄って)で録ったものを使っています。

 →私にとっては引き潮で潮溜まりができるような砂と岩の海岸。ちょっと肌寒い春のイメージにみえました。

(2) EQ/コンプで加工し、曇った冬の海の音へ変えてみました。

→EQにより低い方をゴーと言わせています。強い風を表現するためコンプを深めにかけ、常に強い”風”を追加すると言う意図です。録り位置は自然にオフに(少し離れて広角に)変化してゆきます。

(3) 今度は全く逆の操作です。EQで思いっきりローをカットして日差しの柔らかい南の海へ

 →岩を叩く音をカットし、軽くしてピチャ部分を軽く出すようにEQしました。録り位置はオリジナルに対して同等で、ほぼオンのままです。

(4) 結局、SEを足して小さな港の近くの朝の海岸へという設定へ。まだ肌寒い、北の漁港近く。天気は日差しのある高曇り。今日一日は穏やか。

→カモメの「朝の鳴き声」を足した。カモメは主に港近郊に居ることを感じさせうる。更にこのカモメの鳴き方は北方系。南のカモメはもっと陽気じゃないのかな。

足し算すると相対的に波についての録り位置は自然にオフに変化します。これは位置関係を対比できるものがあるために見られる現象です。足す、すなわち MIXにはこういう側面があります。この対比効果を把握しておくことが重要です。時間軸で考えても同じで、例えば音を「大きく聞かせたい」ときは「直前に ある音を小さくする」という鉄則があります。前章、この章ではSEを使って説明しました。情景を思い浮かべるために分かり易い手段と考えたからです。楽器 音/楽曲にもこれらの考え方をそのまま適用してみてください。

本章の本題です。「音はみるもの」ということで、具体的に映像と音の対比をしてみましょう。あくまで私個人の考え方ですが、次のように置き換えて整理してみると見方のヒントになるのではないかと思います。

  • 画が明るい→音量が大きい
  • 画が暗い→音量が小さい

この明るい/大きいと暗い/小さいの比がどれだけあるかを表す言葉はダイナミックレンジといいます。視覚的にどのような効果があるのでしょうか。画ではダ イナミックレンジが広いことによって黒(暗部)の解像度が良いと画が”締まって”見えます。また画の場合は、コントラスト(比)といもいいます。音の場合 は、ダイナミックレンジが広いと、文字通り音のダイナミックさとなります。”メリハリがある”ということに関係してきます。これは情緒に強く影響を与えま す。このため、クラシック音楽では特に広いダイナミックレンジを要求されます。小さい音は小さく、大きい音は大きい音で聞こえなければならない。そしてダ イナミックレンジは情緒のほかに、感覚上においては画も音も前後感、すなわち「立体感」に非常に影響を及ぼすことを知っておいてください。

人間の感覚の8割を占める映像情報の内のさらに8割はこの白黒で表現される明るさの情報です。音におけるダイナミックレンジが音情報の何割を占めるかは明示できませんが、私達が音の中でもっとも正確に検知し易いことから、情報量の大半を占めていることは明らかです。

MIXにおけるダイナミックレンジの制御は音の場合はコンプレッサでおこないます。シンセサイザの場合はADSRによってダイナミックレンジを時間制御し ますが、これから見ても、ダイナミックレンジが器楽音の性質を大きく変えるものだということは、ご理解に易いのではないかと考えます。

  • 画が赤い、音が低い→周波数が低い
  • 画が青い、音が高い→周波数が高い

余談ですが日本人は赤から緑の周波数変化に敏感なこと世界トップクラスです。ちなみにエスキモーの人々は明るさについて敏感で、雪の白さの表現が数十種類 に及ぶ。すなわちエスキモーの人々は特にダイナミックレンジに敏感なのでしょう。日本人のテレビはダイナミックレンジ(コントラスト)が高く、赤から緑の 変化を正確にとらえるため周波数帯域の広い製品を好むようです。画も音も周波数レンジが広く、平坦であることが良いとされていいます。赤から緑色というの は可視周波数でも中低域を広くカバーしており、この色域を正確に再現する場合は、広域の周波数が平坦である必要があります。音についても同じで、人間の聴 覚特性が1kHzから4kHz付近の中域において、もっとも感度が高くその周波数帯を正確に伝えるためには上下の周波数も正確、すなわち平坦でなければな りません。

MIXにおける周波数の制御は音の場合はイコライザ(周波数フィルタ)によって行います。また付随する特性として、一般に周波数の低い音は下方に定位し、 周波数の高い方は上方に定位する特性を持ちます。そして周波数の低い音は定位が広く、中域については定位が明瞭です。広域においてはやや定位が不明瞭にな ります。周波数の移動は定位の上下移動や明瞭度に作用し、立体感に影響します。映像の場合、解像度が高いということは、その機器の取り扱える周波数帯域そ のものが”広い”ことを意味しており、音声の場合は「抜け」などと表現されます。

映像機器、音声機器はダイナミックレンジと周波数帯域が広いことが高性能の証です。機器が安価になるとダイナミックレンジと周波数帯域が狭くなってゆきます。

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