設計
ミックスを行うに当って、設計を行う癖をつけてください。

大抵は1トラックづつ打ち込みや録音をしてゆくにつれ、作品全体の仕上がりのイメージが固まって行くはずです。しかし、そのまま惰性でミックスせずに全体 を見直しましょう。まず、作品のコンセプトです。おおもとのコンセプトは何だったでしょう?それがどのように変化したでしょう?ここに十分な振り返りが必 要です。もしかしたらトラックの作成途中で持っていたコンセプトが、まとめて聞いて見ると妥当ではなかったと思われるかもしれません。

ミックス前にコンセプトの再構築をすることです。

ちなみに”カッコよく作ろう”というような漠然としたものではコンセプトではありません。何故それがカッコ良いのか”をブレイクダウンしておく必要があります。

何でこんなにまどろっこしいことをするのでしょうか?それは「ミックスがぶれない」ようにするためです。そして「伝えたいことをより明確化」しておくことです。

自分の頭の中で思っているような微妙なことは、作品に落としたときには、実は相手に伝わっていません。すなわち、自分の頭の中にあるものを「やりすぎ」というくらい極端に表現しなければ相手に伝わらないということ注意してください。

具体的に何を決めれば良いのか?それは6W3Hです。いえ5W1Hでもよいですけど、要は出来るだけ多くの情報を整理し想定してみよ。ということです。

ある友人が作った曲をMixすることになりました。作曲者に6W3Hを聞いてみました。ボーカルやドラマーにも聞いてみました。このときは「この歌を歌っ ている人の6W3Hは?」ですが、Whereだけでも「曇りの朝の海岸の別荘っぽいところ」「夜の高速道路の車の中」とてんでバラバラな答えが返ってきま した。それでも、「ああ、言われてみればその場所もありだね。」と、まとまって行くのですが、「それってMixに関係ありますか?」という話になりまし た。

至極当然の疑問だと思います。実はMixからすればとても重要な情報であり、EQ、コンプ、バランス、リバーブの選択など、様々な要素に反映しなければなりません。

ミキサーは舞台セットの演出家であり、制作者である面を持ちます。楽曲の意図を伝える、”見せる”ために”どんな舞台”を組む必要があるかを前もって設計 していなければなりません。当然、時系列も絡み、もっと映画やドラマのセット的に考えます。そしてカメラワークも考えます。現在はミュージックビデオが多 くみられますが、あのようなものを頭に思い浮かべ直すことが設計なのです。

結果、サビではボーカルに影のあるリバーブをつけようとか、ベースはより淡々としているように聞かせようとか、ギターにはそ知らぬふりをさせようなどとい う、表現に落として行きます。複数の要素のあるものをどのように配置して、どのように照明を当て、カメラが何処をフューチャリングしているか?そのような ことを頭に思い浮かべてください。これが設計です。

間違っても、「ギターは左45度ボーカルの後ろに配置しよう」ということだけでとどまらないようにしてください。この考え方は間違いではありません。しかし、このレベルで思考を停止させると、実は制作者のいとは全く視聴者に届かないのだということを理解してください。

音はみるものなのです。ですからミックスするときも頭の中に情景を思い浮かべなければなりません。

私はミックスの練習をするとき、既に存在するMIDIデータを活用して楽曲を制作します。そのときオリジナルの曲をよく聞いている、聞いていた場合もあるのですが、実はオリジナルCDのジャケットをよく見るようにしています。

例えばEW&Fの「I am」に集録されていた曲を作るときは「I am」のジャケットの画を見ます。

これは制作意図をご本人達にすぐには聞けないためです。しかしCDジャケットは、少なからずミュージシャンの意図をヒアリングして制作され、プロの手に よって視覚化された上で、且つミュージシャンの承認を得ているはずです。つまりミュージシャンがその楽曲を作成するに当っての世界観が総合的に含まれてい る可能性が高いからです。

逆に曲を作っていて、最終的にどのようにまとめるかを悩んだときは写真やビデオをみてヒントを得ると良いでしょう。

「この写真みたいなMix」から6W3Hをブレイクダウンするのです。花一輪の写真でも6W3Hは想像できるのではないでしょうか。ミックスにあたっては 6W3Hを想像し、定義してから、楽曲のメッセージを抽出し、具体的なテクニックを応用して「やりすぎ」というくらいの表現を行ってください。

これが今回言うところの設計のポイントです。

Mixの技術的には上記基礎情報を処理して、ダイナミックレンジの分配設計をおこないます。ダイナミックレンジは有限です。このため、「この楽器、ボーカルにどのくらいのダイナミックレンジ/音量を割り当てるか」の配分について、意識しながら進めて行く事となります。

具体的には”バランス”なので、例えば最初に上げるフェーダは「ボーカルとベースにしよう」「いやいやボーカルとドラムでバランスをとってグルーピングしよう」という具体的作業になります。

この例の両者の違いは、ベースとドラムのうち、ボーカルとの関連性が深いのはどっちか?という検討を行ったということです。

王道としてはベースとドラムのレベルを決めてからというのは確かにあります。ですがこれですと、ベースやドラムの無い曲の場合はどうするのということで、 考え方としては汎用性に欠けます。家を土台から作り、全体の骨格を作ってから屋根を葺いて、壁を立てるのと同じですが、何が土台で、何が柱かは楽曲やコン セプト、背景によって入れ替える必要があるということです。

ダイナミックレンジの分配とはこのような考えに結びついており、建ぺい率の枠に収めた建築をすることにしています。建ぺい率に収まっていても、「1階の天 井は2mなのに、2階の天井は1mとなってしまった。」というようにならないように設計してください。こうなると最初からやり直しです。

ピアノやストリングスの場合、最初からこのダイナミックレンジの分配設計が重要で、最後まで関連してきます。これらは元のダイナミックレンジが広い。高い 柱を切っていいものなのか、柱をきらない方向でまとめるのか、その柱は他の楽器という荷重に耐えられるのかをあらかじめ考えなさいというのが設計です。

経験を積まなければなりません。ラフミックスを10回作る覚悟をもってください。

ラフミックスを都度、時間をかけて、よく聞いて振り返ります。その中でこの章に書いてあるポイントを振り返ることで、スキル向上と良い作品を作る両方が進められると思います。
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