定位(2)
次 に遅延です。以下の素材は最初は真ん中に定位しており、その後、右側へ定位してゆきます。これは、Lchについて0,1,2,3,4,5,10,0msと いうように段階的にディレイをかけたものです。このように人間は左右の耳に先に到達した音について方向感を感じます。左側の音が遅れているので、全体とし て右によっています。確認してみてください。

いかがでしょうか。ちなみに左右の音量は全く変えていません。

レベル差に寄らず、これだけ方向感が変わるのですね。

これは遅延系のエフェクタをかけたりしたときに、知らぬ間に定位が意図していない位置に移ってしまうという可能性があるということです。後から聞いて右寄 りに置いたはずなのに、センターとぶつかっていた。というようなことがあるかも知れません。これがミックスにおけるチェックポイントです。

応用のテクニックとして、Lch、Rchから同じ音を出して、片側だけ10msから30msでディレイをかけるという方法があります。ギターなどでの「ダ ブリング」というテクニックですね。こうすると、左右のスピーカの両方で2本のギターが鳴っているというように聞こえます。

周波数(楽器)にもよりますが概ね1msから30msの間では人間は遅延を感じにくく、方向感として感じます。30ms以上になると定位の領域を越えて遅 延と認識されます。

上手くディレイを使い分けてください。ご存知の通りフランジャー、フェイザーやコーラスも基本はショートディレイです。ただし遅延時間に変調、すなわちモ ジュレーションをかけて定位感を感じさせるより広がりを持たせたり、倍音を作り出したりしています。

では、コーラスなどのようにモジュレーションをかけないとどうなるでしょう。

次を聞いてみてください。

これは遅延と位相を組み合わせた音です。具体的にはL、RchのWitenoiseをEQして2kHzを中心にして他を切っています。音の方向感は 3kHz位がもっとも敏感で、低域と高域では下がってゆきます。このためこの実験では2kHzを中心にしてみました。

更にRchを2.5dB下げて、90度位相をずらして、2.5ms遅延をかけています。さてどうでしょうか。左のスピーカから更に左へ定位しているか、左 真横位に定位しませんか。素材では最初センターに位置させています。まずノイズ音が”小さく見えるところに”頭を持ってきておいてください。

途中からぱっと位置が変わりますね。

ただし気をつけてください。頭のちょっとした位置で効果が出なくなったりします。

このためスピーカの外側に定位させることは結構難しく、こだわっても仕方が無い面があるということは覚えておいてください。ここでは2.5msの遅延にし ていますが機材の関係です。この効果は本来1ms以下の遅延で調整されるものです。左右の耳に届く音の最大遅延は0.9msといわれ、個人差があります。

このような技術を使って、一応水平軸では、ステレオスピーカでも、360度パノラマに定位させることが理論的に証明されています。ここで注目していただき たいのは、左スピーカの外側に定位させたいときは、右側のチャンネルに細工をしているという点です。レベルもたった2.5dBしか違いません。左スピーカ の位置に音を持って来るには右チャンネルを20dB以上下げれば良いと説明しました。

でも、真横ないしスピーカの外に定位させるにはこのような方法です。何故でしょう?

それは人間の錯覚を利用しているからです。両耳を使って参照という処理を行っているためです。

それでは音の上下感はどうでしょう?これは卓の機能としてはほぼ出来ないと考えてください。

エレベーションといいますが、上下のパンポッドは付いていませんよね。実験的に上下感を付加する装置は20年ほど前でも存在しましたが、未だ一般的ではあ りません。特殊な機材と技法が必要なわりにニーズが無かったのか、普及していませんね。

ただし、上下感は意図しないうちに起こってしまう、付いてしまうことが多いです。プロミキサーのなかでもよく語られますが、ミックスしているうちに、音像 が上へ上へと行ってしまうことです。

これは周波数の高い音が上方に感じられやすいという特性があるためです。

「ルックミックの音の釣鐘」という言葉を調べてみてください。周波数の高い音は上方に定位する心理モデルです。音響心理学的な問題であるということです。 定位という問題は単純に音を左右に振るということではなく、ある程度心理学的側面の応用を行わなければ有効に使えません。

私は「定位のセオリーは何か?」と問われればこのように答えます。

最後に少し遊んでみましょう。まず元と鳴る音は次の音です。

物騒な音ですね。

この音を頭の上を通り越させたいと思います。

ちょいと手を加えました。

さて、どうでしょう?

うーん、後ろから飛んできて、前の方に落ちませんか?意外にノートPCのスピーカ程度でも雰囲気が出ているはずです。

そうなんです!雰囲気なんです。だから物騒な音なんです。

技術的な手法ですが、至って単純。気になる方は測定器を使って比較解析してみましょう。例えば「WaveSpectra」というフリーソフトを使うと何を したか、すぐに分かります。ただし解析しても「何故そうしているのか?」までお分かりになりますかなぁ?

ここがポイントなのです。種明かしはいずれまた。


まとめとして、定位は空間を作るものです。上記に挙げた例を組み合わせることによって、自在に空間を作り出してください。「ハイハットは右10度に配置 し、フロアタムは左15度に配置しましょう」とかそういう決まりはありません。問題はNishioka氏のコラムで語られています様に、楽器のぶつかり度 合いに気をつければ、まずはOK。

それと中途半端な定位は避けることです。

プロの間では「基本、三点定位だよ。」といわれていて、「左だけ、右だけ、センターだけ」の三点の何処に配置するか?だけです。下手に中間に置くくらいな ら潔く三点に配置してください。混ぜて行くと知らぬ間にまとまっているはずです。感覚でまずは、進めてください。その後微調整をします。

私はビートルズのファンでも何でもありませんが、彼らの初期のレコーディングで、ドラムが右、それ以外が全部左で、ボーカルが真ん中というテイクもありま すね。彼らが模索していたというようですが、私はそんなパンニングだって全然構わないと思います。

定位は心理学的要素の強いテクニックです。慣習というかセオリーに引っ張られないでください。現在の商業録音での定位方法は、そこに行き着くまでの理由が あることは確かです。それを用いること、参考にされることは良いことだと思います。しかし法律では無いということを理解してください。そして皆さん各々の 素晴らしい工夫があると思いますので、そういう面を大切にしてください。

私は「音をみる」ということを本コラムの背骨にしています。左右の広がりや奥行き、天井の高さや床の材質など、どのように見せるかをパンとレベルで追い込 みます。リバーブを一切使わずに「リバーブ感というか空間の感じをだすこと」の最大のテクニックが定位問題です。

パンで左右に振るのではなく、フェーダの上げ下げで前後感をだしたりも「みかた」一つで自在となるはずです。
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