マスタリング
いきなりタイトルから外れてしまいます。ごめんなさい。もちろんマスタリングに関係するのですが、先に「リファレンス」についてお話しておきます。

「リファレンス(reference)」とは、典拠とか目安とか参考という意味があります。音に関わるエンジニアは各自、リファレンスを持っています。今 までもモニタの章でも少し触れました。聴き慣れたCDなど、音の基準です。皆さんもリファレンスCDなど基準となる音源を決めておくと良いでしょう。リ ファレンスは様々な場面で役に立ってくれます。機器の更新に伴う選定を確かなものにするとか、機器の劣化を見る、異常を発見する、ミックスやマスタリング で判断に迷った時に参照する。

体調によって聴覚は日々大きく変わっているのですが、なかなかそれを感知することができません。脳が体調での変化分を自動補正してしまうからです。ホメオスタシスというヤツですね。

男性は40才を越えると高域の感度が落ち始めます。私もとっくにこの年齢を超えておりますので、日によっては高域が落ちたように感じたり、片方の耳の感度 が落ちているように感じます。そんなときリファレンスCDをリファレンスシステムで聞きます。すると「やはり以前より今日は不調である」とか「全然平気 じゃないか、この曲を作るときが不調だったようだ」というように確認を行うことが出来ます。

エンジニアにとっては、「体調や機器に左右されずに品質を保つ」重要なもので、分身のようなものです。

昔、ある先輩に「お前のリファレンスは何だ?」と聞かれ、2タイトルほどCDを挙げましたが、「それは本当にお前のリファレンスと言い切れるのか?お前は 本当にリファレンスを持っているのか?」と問いかけられました。セレクトしてあったCDが悪かったのかと先輩に問い直しましたが、「いや、そういうことは ない。しかし、お前がリファレンスを本当に活かしきれているか考え直せ。」と注意されました。要は何か好きなCDを選択して、「普段からよく聞いているだ けではリファレンスにはならないということに注意しろ」と言いたかったらしいのです。

さて、と私は悩みました。リファレンスの使いこなしが甘いという指摘なわけです。悩むのも修行のうちですから、先輩たちに答えなぞ聞こうものならコテンパ ンにやられるのは目に見えています。同期にもプライドがあって聞けたもんじゃありません。こればかりは自分の分身なので、自分で考えて、選んで、使いこな して行かなければなりません。振り返って考えると他人が私の答えを持っているわけがありません。

結局、何年かやっていてやっと一つのCDをリファレンスとして使いこなせるようになりました。あるアルバムの1曲を聴くと総合的な判断がおこなえます。同 じアルバムに収録されている他の曲を聴くとボーカルに対しての評価リファレンスとなり、他の曲を聴くと奥行きの評価リファレンスとなります。

自分の手持ちのCDの曲から「何が見えたか」がはっきりしたものをセレクションしていって、判断基準を抽出してゆくのです。ですから最初のうちはリファレ ンスCDが10枚近くに増えてゆきました。修行を積んで行くうちに、あるアルバムに収束してゆきました。現在は、なにかリファレンスを取る必要があるとき はメインのリファレンスCD1枚と今時流行のCDを1枚追加するくらいで判断します。

リファレンスとは、常に自分にとって一定のものであり、システムや制作物の評価の基準として絶対安定的な音のことです。自分でMixした曲もリファレンスの一つですが、それ以前に時間をかけてセレクトしておいて、それを長く基準にして置けるかがポイントです。

プロの場合はリファレンスを取り替えることは比較的容易です。「リファレンスを取り替えるためのリファレンス」を確立しているからです。

なかなか容易なことではありませんが、一度リファレンスを頑張って作ってみてください。使いこなせると、「このスピーカ、ボーカルの子音のところに問題があるので、つなぎが悪いな」とか、「げっ、キック(低域)遅れすぎ」とか即断できるようになります。

プロミキサーの耳を皆さんの耳も、物理的性能は全く同じです。違いは脳での音処理の訓練がされているかの違いです。リファレンスを持とうとするだけで、この音処理の訓練が行われます。

横道が長かったですが、マスタリングの話に入ります。

レコーディング・エンジニアとマスタリング・エンジニアというのは、実は全くといっていいほど別物です。ちなみにミキシング・エンジニアという言葉は一般 的につかいません。(放送局ではどうなのか存知ませんが)。私はマスタリング・エンジニアの経験ございません。もちろん遊びといいますか、お金をいただか ないような事案では何度も挑戦させてもらっていますが、お金を取れるマスタリング・エンジニアにかなうわけがありません。

マスタリング作業のアウトラインはニシオカさんの講座でも解説されているとおりです
http://tnishioka.web.fc2.com/lesson/mixing/7010.html

CDを作る際には、マスタリングについては、頼めるのであればこれだけはプロに頼んだほうが良いです。皆さん意外に気が付いておられないようですが、CDにすると確実に音が変わります。その辺を見込んだ最終調整というのは機材的にも素人が手を出せるところではありません。

プロのレコーディング・エンジニアであっても、マスタリングまで出来る人はいません。もちろん、曲間を決めてレベルを揃えて、PQ打って、ということはできますが、それは作業レベルの話であって、本当の意味のマスタリングではありません。

基本的にそれぞれの楽曲は、その中でベストな状況で制作され、前後に音が接続されていることをあまり意識しないで作られています。いや、これは間違い。意 識して揃えて作っているつもりでも、いざ繋げてみると、「どひゃあ!」という位に揃っていません。「うあぁぁぁ、揃ってないぞ、まずい!」というのは表情 に出しませんが、プロエンジニアでも起きることです。

そこで活躍するのが、マスタリング・エンジニアです。アルバムに収録する曲のうち、ベストなトラックへ品質を揃えてまとめてくれます。実に客観的に問題点 を把握し、品質をそろえます。そしてマザーの情報量を余すところ無くマスターへ変換します。過度な操作は全く行わないのに、揃えてしまうのです。

実際には「xxHz付近に問題があるので、そこのところだけ0.2dB落としました」とか、「xx曲目のダイナミックレンジだけが狭いのでxxしておきました」というようにです。

彼らの武器はコンプ、EQ、フェーダーです。しかもどれもこれも、精密な機器で調整たるや実に繊細です。

マスタリング・エンジニアの能力のすごいところは「問題点の把握力」です。このためリファレンスについての取り組みはものすごいものがあります。このリ ファレンス活用能力から、ケーブル一本の違いまで聞き分けます。しかもデジタルの伝送ケーブルの違いです。もちろんレコーディング・エンジニアなら違いを 把握することが出来ますが、マスタリングエンジニアほど迅速且つ正確に判断できる人は稀です。

全く持って「訓練の違い」というのでしょうか。彼らはそういった技術的能力にのみ特化されているわけではありません。いくつもの作品をマスタリングしているわけなので、もっと総合的に、最終的なマスタ品質に対して提案をしてくれます。

「このアルバムは全体としてxxxxというように構成されているのであれば、ボーカルをふくよかにして見ましょうか?一度聞いて見てください。」というよ うにやり取りします。また、現時点での他の商品との差を見て「もう少し派手目にしてマスターにしましょう」というようにです。

マスタリングはミキシングの失敗を補正する後処理ではありません。作者の意図が正確にリスナーへ届くようにトータルバランスをとる重要な仕事です。

マスタリングエンジニアに任せると、「音は変わっていないに、ものすごく良くなっている」となります。私のような素人がマスタリングするとそうはゆきません。CDになったとたんに「うげっ、こんな音じゃないのに」となりがちです。

友人や後輩のマスタリングエンジニアと話をしていて、どのような注意点があるのか聞いたことがあります。

  • EQもコンプも本当に分かるか分からないかの調整に留める。極端に操作することは作品を変えてしまうことになる。
  • マキシマイザは便利だが、コンプ、EQなどで頑張って調整したうえで、それでも0.5dBから1dBなんとか追加で上げられないかというレベルで使う。マキシマイザで3dBとか6dBとか上げているエンジニアがいるが、これは音を崩していっているだけのことが多い。
  • マスタリングで全ての問題を解決させようとする人がプロにもいるがそれは無理。少なくともTD(トラックダウン)からやり直すべき。
  • マスタリングの現場で作品の方針を変えることは出来ない。
  • マスタリング調整の限界点は、マザーに対して、奥行き感が無くなったり、キャラが変わったりするところ。

ケーブルをエフェクト処理として使い分けている人もいました。このケーブルの時はロックっぽい音になるとかいいながら。デジタルのケーブルですよ!実際、比較してみると音が変わっていることは確かです。気分の問題かと思って評価方法を変えてもわかりますから。

さて、この講座でのマスタリングのポイントは、実は別の講座で既に説明しています。「モニター環境」「EQ」「コンプレッサ(2)」です。

マスタリングはより客観的、包括的に作品をまとめる作業です。曲順はアルバム全体の物語性というかテーマの提示に深く関係します。曲間は前の曲の余韻をどれだけ残すか、間のセンスを問われます。慣れていないなら自分では長めと思うくらいにしておいてください。

音圧感を揃えることも重要です。揃っていれば良いということではありません。「リスナーに途中でボリュームに触らせない」ようにここに意図を入れるのですよ。

EQやコンプは問題点のみを補正するという使い方です。アルバムにトータルコンプをかけようなどというのは、プロの技ですから、基本が見えてくるまで手を出さないほうが良いと思います。確実にハマリます。

マスタリングについては、市販のCDに記載されているマスタリング・スタジオさんでも比較的安価に作業していただけます。一度お願いしてプロの仕事がどういうものか知るとよいと思います。

カメラがまだフィルム全盛だったころ、近所の写真屋さんに敢えてラボ(現像所)指定してプリントに出すと、自分で撮ったとは思えないような良い写真になっ て戻ってきました。近所の写真屋さんのシステムで上がってきたプリントだと自分で撮ったとは思えないくらい情けない写真になってました。それが実力なので すが。

今でもお店プリントにしないで、ラボプリントにすると別物写真になってくるはずですが。(いまもやっているんですかね)

マスタリングをプロにお願いすると、そんなラボ出しみたいな感動をえられますよ。お薦めします。

inserted by FC2 system